「ちるくすのぺえじ」は1997年の暮に立ち上げて2003年の梅雨時に「ちるくすのどらいぶ帳」と名前を換えるまでの5年半、このホームページの表題としていたものです。
ホームページを立ち上げた切っ掛けはドライブ。
その前の数年間、ドライブ熱が冷めていた時期があり、この97年に少しづつ走りたい気分になってきて、シーズンも終わりに近い10月の大阪、11月に走った盛岡のドライブで以前の感覚が戻ってきた。
楽しく気侭なドライブができたと同時に、また以前に書いていたようなドライブの日誌をつけたくなって、じゃあホームページでも始めてみるかと思い、無料ホームページのジオシティーに「ちるくすのぺえじ」としてアップした。
話は遡るけど、僕は車を購入してドライブを初めた1988年から93年までの5年間「破礎迂」と名付けたドライブ日誌を付けていた。(破礎迂(はそう)というのはCR-Xというアルファベットをいろはにほへと順に変換して堅そうな漢字を当て嵌めたもの)
この日誌、文章だけでは無く写真も貼り、領収書なども貼って、時にはイラストを書いたり地図を書いたり、領収書の後ろに隠しコメント(女の子の話とかね)を書いたりして友人に見せて楽しんでた。
1冊100点以上の写真と領収書でパンパンに膨れたノートが5年間で8冊。今読み返すと乱暴な文章と稚拙な交通認識でなかなか笑える。青かったなあ(笑)
さて突貫で立ち上げたHPは、まだ階層の構築も項目も曖昧で、安易に纏まってしまった自己紹介の項目だけが充実してしまい、初めの頃は実質的には最初はチャット仲間に見てもらうだけの個人の自己紹介的ホームページだった。(題名からしてそうなのだが。。)
それでも毎日どこかしら更新をしていたので、みんな飽きずに見に来てくれていたようで嬉しかった。
自分としてはその過去の日誌の中から印象に残るドライブは書きおこしたかったんだけど、スキャナーが無いから写真は取り込めないし(当時はまだまだスキャナーは高価なものだった)、それをメインにしたいけど文章だけでは面白味に欠ける。取り敢えずその年の暮れのボーナスでデジカメを購入したので、そこから先のドライブは写真をメインに少しずつ充実を図るつもりだけど、いかんせんまだ冬で思いきったドライブに出る季節ではないので自己紹介的サイトに甘んじる他なかった。
そういう状態から脱出するべく思案を練って作った項目が「〜国道〜ばあちゃるドライブ」という項目。
リンクでつながった国道の地図のようなものを構築しようとした。そしてその中に7本のチェッカーフラッグを隠し、7本見つけた人にはプレゼントをあげるという、半ゲーム的コーナー。勿論いい加減な事は書けないから、取材も兼ねてドライブしてまわったりして自分でも楽しめた。
このコーナーの作業は1997年12月から始まり翌年の夏までに関東地方一都六県は完了、静岡県、山梨県を作っている途中でパソコンがブッ壊れて熱が冷めた。
後から思えば、そもそもこんなのを日本全国分作ったらファイルが何枚になるか考えただけでも空恐ろしい(笑)
それでもちゃんとチェッカーフラッグを見つけてくれた人が三人。有り難い事です。オリジナルTシャツをプレゼントさせていただきました。
さてそれからも「〜国道〜ばあちゃるドライブ」の挫折を乗り越えて、もっとインタラクティブなドライブ迷路ゲームを創るべくmacromedia DIRECTORを購入するも挫折
その後、会社で「試してみて下さい」といただいたAdobe GoLiveに出会ってほぼ今の形を確立した。
いろいろと紆余曲折しながら「ちるくすのどらいぶ帳」に至り、今はこの形が気に入ってて落ち着いてたのしく更新できて満足しているわけだけど、いまだに「〜国道〜ばあちゃるドライブ」みたいなのを作り直したいな〜みたいな事を思う事が有る。
いっそ架空の島国でも作り上げてファンタジー仕立にしたらもっと面白いかもとか思ったりして、、どこかに東京につながる抜け道があって東京がゴールみたいな。
そんな夢想だけが技術や具体的な工程を無視して浮かんでは消えしているのだ。 |