昔の手賀沼
これで、今は2つの別の沼が両方とも「手賀沼」という名になってるのも納得ですね。
○○新田とか沼田とかつく地名の所はみんな沼だったと考えてイイみたいです。現在この元沼の辺りは、その地名の通り開けた水田地帯なので、本来は広い沼だったという想像が付き易い景色です。

江戸時代から干拓は始まってたみたいだけど、明治時代まではちゃんと「つ」の字の広い沼だったようです。
大正から大規模な干拓が始まって昭和の初期にほぼ今の形になったそうです。
そして昭和の中頃から平成初期の何年間もの間、日本一汚染された沼というレッテルを貼られ続けた沼ですが、近年では汚染も無くなり逆に日本一浄化率の高い沼という事になってるようです。


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